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大阪高等裁判所 昭和43年(う)1005号 決定 1968年9月24日

主文

本件は、昭和四三年六月二六日被告人が控訴取下書に基づき申し立てた控訴の取下によって終了したものと認める。

理由

弁護人多屋弘、同中村善胤連名の上申書は、要するに、被告人は、昭和四三年五月一一日和歌山地方裁判所において業務上過失致死の罪により禁錮八月の実刑を言い渡され、同月一三日付書面で控訴の申立をするとともに、同月一五日弁護士岡崎赫生を弁護人に選任したが、その後さらに同月二九日弁護士多屋弘、同中村善胤を弁護人に選任した関係で、右岡崎弁護人を解任することにしたいと考えた、そこで同年六月二二日同弁護人の事務所を訪れたが、紹介者への義理もあって解任の点を明言することができず、同弁護人には弁護を依頼しない趣旨のことを申し述べたところ、同弁護人は、控訴取下の意味についてなんらの説明をすることもなく、日付の記載されていない控訴取下書を被告人に示して、署名押印を求めたので、被告人は、求められるままこれに署名押印をしたうえで同弁護人に手交し、同弁護人によって右書面が裁判所に提出されるにいたった、しかし、右控訴取下書は、被告人においてなんら控訴取下の意思を伴わず、単なる岡崎弁護人の解任届にすぎないと誤信して作成したもので、かように誤信するにつき被告人の責に帰すべき事由もなかったのであるから、右書面は錯誤によって作成された無効のものであり、かかる書面が裁判所に提出されたとしても、控訴取下の効力を生じない、と主張するものである。

そこで、右の主張にかんがみ、記録を調べてみると、被告人が右主張のような第一審の判決を受け、昭和四三年五月一三日付控訴申立書によって同月一四日控訴の申立をしたのち、同月一五日弁護士岡崎赫生を弁護人に選任し、さらに同月二九日弁護士多屋弘、同中村善胤を弁護人に選任したが、その後、同年六月二五日の日付で被告人の氏名の記載とその名下に押印のある控訴取下書が、同月二六日当裁判所に提出されたことは、いずれも各対応の書面によって明らかに認められる。ところで、前記上申書は、右控訴取下書が無効のもので、控訴取下の効力を生じていないと主張するので、この点について、前記上申書に添付された被告人の多屋法律事務所にあてた書簡の写、検察官の提出にかかる検察事務官岡本幸雄作成の「刑執行予定者について(報告)」と題する書面の謄本および弁護士岡崎赫生作成の「事実書」と題する書面の謄本ならびに当裁判所の事実の取調手続における岡崎赫生および被告人の各供述を総合して検討してみると、被告人は、前記のとおり、第一審の判決を受けてみずから控訴の申立をしたのち、知人の紹介で岡崎赫生弁護士を控訴審の弁護人に選任したが、同弁護人から、控訴審で有利な判決をうるため必要とおもわれる弁償金の金額等を話されて、思案するうち、別に中村善胤弁護士に相談したところ、すでに第一審の当時示談も成立していることであるから、いまさら弁償のことを考えても無意味である旨をきかされ、同弁護士および多屋弘弁護士をさらに弁護人に選任し、岡崎弁護士には手をひいてもらい、なお同弁護士に預けてある示談書も返還してもらいたいと考えるにいたったこと、しかし、紹介者への思惑などもあって、岡崎弁護士に対して辞任してもらうことを言い出しきれず、迷ったあげくに、結局本件の控訴を取り下げるということで同弁護人に話をするよりほかないと考え、人を介してその旨同弁護士に連絡すると、被告人自身で同弁護士の事務所に赴くよう指示があったので、昭和四三年六月二五日右事務所にみずから赴いたこと、そして、同弁護士に対し、前に話のあった弁償金などはとうてい工面することができず、控訴を取り下げて服役するほかないと考えたから、そのように取り計らってもらいたい旨申し述べたところ、同弁護士は、控訴を取り下げれば直ちに判決が確定し、身柄が収監されることになるが、もし弁護料の都合がつかないことなどからそのように決心したものならば、その点の相談には乗るから、考え直してはどうかと勧告し、控訴取下の法律上の意義や効果について親切に説明して再考を促したが、被告人は、このような争いを続けることはこれ以上堪えられないと言って、控訴取下の申出を翻えさなかったこと、そこで、同弁護士は、事務員に命じ、控訴取下書の用紙に必要な文言を記入させたうえ、これを被告人に示してその署名押印を求め、被告人はこれに自署して押印したこと、なおそのさい、同弁護士は、右書面を書留郵便で裁判所に送付することにするが、これが裁判所に到達すると、まもなく検察庁において被告人の収監手続に移るだろうから、さような事態になったら、二、三日くらいなら収監を延ばしてもらうよう計らうこともできるから、そのさいにはまた相談に来るようにと申し渡して被告人を帰えしたこと、右書面は同弁護士から裁判所に送付提出され、同月二六日当裁判所に受理されるにいったこと等本件控訴申立以後における一連の経過を認めることができる。被告人は、当裁判所における事実の取調にさいし、自分は岡崎弁護士に対して控訴を取り下げてもらいたいと言ったことはなく、本件控訴取下書に署名押印はしたが、その記載内容は読んでいないし、この文書を裁判所に提出してくれるよう同弁護士に依頼した覚えもない旨供述するが、前記被告人の多屋法律事務所にあてた書簡には、控訴の取下によって収監されるおそれのある事態にいたったことを十分理解している趣旨があらわれていることや、当審の事実取調における岡崎赫生の明白で首尾一貫した供述および同人作成の「事実書」と題する書面の内容に徴して、右被告人の供述は、単なる強弁にすぎず、信用することのできないものと認めるほかない。かくして、叙上認定にかかる事実の経過に照らせば、本件控訴取下書は、被告人がみずから控訴取下の意思に基づいて作成し、これを岡崎弁護人に託して当裁判所に提出したものであることに相違なく、同書面の受理によって、本件控訴は有効に取り下げられ、本件はこれによって終了すると同時に、原判決が確定したものといわなければならない。ただ、この控訴取下にあたり、被告人において、岡崎弁護人を解任したいと考えていたことがその内心の動機となっていた事情は、前記の経過からみて否定しえないところであり、したがって、被告人が、できることならなお本件控訴の手続を継続したいとの意思を一面に保有していたかもしれないとの推測は成り立たないこともない。しかしながら、前記のとおり、被告人は控訴取下の法律上の意義や効果を十分説明され、これを思いとどまるよう勧告まで受けながら、あえて本件控訴取下書を作成し、その裁判所への提出を委任したものであるから、仮りに右のような推測の上に立ってみても、被告人の内心は結局、裁判所に対する訴訟行為を、被告人自身の内部事情を解決するための方便に利用しようとしたものにほかならず、かかる内心の状況を理由に、本件控訴の取下という訴訟行為について、その意思の欠缺や錯誤を論ずる余地のないことはいうまでもない。

以上により、前記上申書の主張は採用に値せず、右控訴取下書に基づく控訴の取下によって本件は終了しているものと認められるので、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 畠山成伸 裁判官 八木直道 西川潔)

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